飾り罫

忘れたステッキ

  • 武田豊詩選集
  • 澤村潤一郎編

  • 105ミリ×159ミリ
  • 並装 糸かがり
  • 本文総248ページ
  • 限定348部
  • 版画 武藤良子
  • 頒価2000円(税・送料別) 
  • <置去り詩人文庫5>

この無類の純良の人間は、彼がそこにいて、極度の近視鏡をかけ、頓狂な声でものを言うそのことだけであたりの空気はしずかになり、何かしら懐しげな人息のあたたかい、眼にも心にも和らいだものが自然にふんわりと彼をつつみ、彼を見る私をも包んでくれるような気がするのである。   天野 忠

  忘れたステッキ

私のステッキは
私のものになつてから
私の詩の一部だつた

それを京都のコルボウ詩話会の帰りに
うつかりバスの中で忘れた
汽車に乗つて
それも出るようになつてから気が付いた

竹の根ぶしの
握りの曲つたありふれたものだけれど
永いこと持つていたと思うと
愛着がある

あのステッキは
私の泣いたことも
よう知つているのだつた

汽車でいまさら
しかたがないと思いながら
私はやつぱし地団駄踏まずにいられなかつた

滋賀県長浜の町で、小さな古本屋「ラリルレロ書店」を営んでいた詩人武田豊は、詩人仲間や町の人から、おっちゃんと呼ばれて親しまれた。ダダから出発し、素朴な抒情が温もるもの、社会悪に抗うものから、おっちゃんらしいとぼけたユーモアやメルヘンを交えたもの、郷土への思い溢れるものへ、その詩風を追って、長浜生まれの編者が編んだ選詩集。