飾り罫

宮崎孝政全詩集[私家版]

  • 宮崎孝政著

宮崎孝政全詩集

  • A5判
  • 上製 糸かがり 貼箱入り 活版印刷
  • 本文704頁 
  • 限定120部
  • 装丁 金田 理恵 
  • 1番~21番  雪輪模様絞り特装本 
    22番~58番  桜花片模様縮緬特装本
    59番~120番 紙クロス(シルビーヌ・すな)装本 

「宮崎孝政の玉手箱」(尾形龜之助)が、ついにあけられる。

大正末から昭和前期の中央詩壇にかすかな刻印をのこし、『風』や『鯉』などの名詩集を置土産に消えた大頭の抒情詩人。 その詩業をはじめて集大成する。

[内容]
既刊詩篇『風』『鯉』『宮崎孝政詩集』/未刊詩篇/散文/俳句/短歌/書簡抄/「静謐なひかり、その他」辻 征夫
付録 略年譜・初出一覧・作品収録書目・参考文献・蔵書目録抄


宮崎孝政
詩人。明治33年、石川県鹿島郡徳田村江曽(現在の七尾市江曽町)に生まれる。詩集に『風』、『鯉』、『宮崎孝政詩集』。昭和初期、中央詩壇の中心雑誌だった『詩神』の編集を担当。在京時、京橋で「運命予言日本気学院」の看板をあげ、占い業も開始。昭和10年、東京暮らしに見切りをつけ帰郷。自宅裏庭に「万葉荘」を建て、近所の子供たちを集めて文学の手ほどきをした。詩作活動は戦中を含め続けられ、第四詩集『寺子屋草子』をまとめる意向があったが、陽の目を見ず、作品は昭和28年を最後に一作も発表されていない。昭和52年、腎不全で永眠。享年77才。

[作品から]


   天上の櫻

櫻の花はちらないのだ
いく日かののちに
すこしづつ枝から天へせりのぼつて
天でまた ぼんやり咲くのださうだ

夕暮れの庭に
人聲もないとき
部屋で子供がうつうつ微睡んでゐるとき
靜かな部屋の窓口に
うすあをいカーテンを下しながら
櫻の花はこつそりと
天へせりのぼつてゆくのださうだ

青葉の陰影で
目がさめ
子供は冷たくなった白い蹠をゆすつて
母親をよんで泣きしきる頃
天ではまた
賑やかな花見がはじまるのださうだ。



   平凡日記

わたしの部屋は
雜木林の午後のやうに寂しい
折り重さなつた本の白い頁が
小川の流れのやうにうつらうつらと
夕ぐれの鶸の囀りをきいてゐるだけだ
本のどの頁を覗いてみても
活字は何處へ遊びに行つてしまつたのか
日の陰影だけが小さい魚鱗を光らせたり
沈んだり、跳ねたりしてゐるだけだ
わたしは妻に氣がねをしながら
『子供から一本もたよりがないね。』

後向きでミシンをかけてゐる妻の髪は
今日は油枯れて草のやうにぼつとしてゐる
矢張り子供の事を考へてゐたらしいが喋舌らない
誰れもかれも靜かな林の中では黙つてゐたいのか

鶸は止り木で囀りを忘れ
首をかしげてこちら見てゐた。